ホームランの打球について

支配方程式

釣合い条件

飛行中のボールには、次のような力が作用している。

空気抵抗は、次式で示される。

  : 抗力係数
  : 空気密度
  : 速度
  : ボールの見付け面積

公認野球規則 1.09 によれば、ボールの重さは 141.7g 以上 148.8g 以下、ボールの周長は 22.9cm 以上 23.5cm 以下である。
したがって、ボールの見付け面積はおよそ 44cm2 となる。
実際には、ボールは打撃の際の衝撃や空気抵抗を受けて偏平に変形するので、飛行中のボールの見付け面積はこれより大きくなるのだが、今回はそこまでは考慮に入れないことにする。

抗力係数 は、速度があがるにつれて低減する。しかし、上記の見付け面積の事情や、解析のしやすさの問題から、今回は はある一定の値をとりつづけるものとする。

マグナス力とは、ボールの回転が周囲の空気に与える影響により気流方向と回転方向の双方に直行する方向に生ずる力で、カーヴが曲がるなどといった運動の原因になっている力である。単純なモデルとして、


  : 比例定数
  : ボールの回転数

すなわち、回転数と速度に比例するというものが提唱されている。

今回は、打球の加速度の水平方向成分は と、 鉛直方向成分は -となるものとして解析を行ない、 打球の飛距離よりも方向に大きく影響するマグナス力については考慮しないものとする。

初期条件

バットを座標軸にとれば、反射運動と考えることにより、インパクト前後の打球速度は次式で表される。


  : 跳ね返る前、及び後の打球速度の鉛直方向成分
  : 反発係数

係数 は並進エネルギーから回転エネルギーへの移転を、 は摩擦をそれぞれ説明するために導入している。
Cについては多少の議論が必要である。学校で習う物理学では、反発係数は速度に関係なく一定とされる。しかし、速度が大きくなると反発係数は低減するとした方が現実にあうようである。
また、この係数は時代やメーカーにより異なることにも注意されたい。
日本では、昭和 25 年のシーズンにいわゆる「飛ぶ球」が使用され、ホームラン数が激増したことがある。
さらに、今年(1998年)に行なわれた日米野球では、アメリカオールスターチームの11本塁打に対し、日本側はわずか1本塁打という結果になったのだが、日本の選手は口をそろえて「メジャーの球は反発力がない」とコメントしている。
今回の解析では参考文献からメジャーリーグ公式球での反発係数を用いたが、日本の公式球の反発係数はそれよりも大きい可能性がある。

以上の議論はバット基準の座標軸によるものなので、座標変換が必要である。
この座標変換は、バットにより与えられる速度ベクトルを足すことで実現できるが、バットはインパクトの直後に運動エネルギーをボールに奪われるため減速すること、またバットにより与えられる速度ベクトルとバットスイングのベクトルとは方向が異なることから、加算される速度はスイング速度の数割であると考えられる。

今回の解析では、この比率を k 値という係数として表す。インパクト後のバットの速度は 7 割以下に減速するので、真芯で捉えた時の k 値は 0.7 になるものと仮定した。

解析結果

支配方程式及び初期条件から、微分方程式をたて、諸条件を代入して解析を行なった。

まずスイング角度(正確には、バットスイングが打球に与える速度ベクトルの角度)の影響だが、50〜60°の範囲でもっとも遠くまで届くことがわかる。

次に、投球速度についてだが、反発によるモデルを用いているので、速いほど遠くまで届く結果となった。
実際には、投球速度は k 値にも影響を与えるものと考えられるので、必ずしも速い投球ほど飛ぶとは言えないのだろうが、ここでは終速 137km/h のストレートについて解析を行なうことにする。

反発係数について。わずかに COR を変えた場合の解析結果を示す。他の解析ではメジャーの反発係数を用いたが、(日米野球の時の日本選手の証言を裏付けるように)実際にはもっと「よく飛ぶ」可能性があることを示している。

スイングスピードについて。普通の打者のスイングスピードは110km/h 以上と言われているが、強打者の例として王貞治(巨人)の 135km/h という数値データがある。現在でも、松井秀喜(巨人)や金本知憲(広島)のスイングはこのレベルにあるものと思われる。なお、現在メジャー最強のバッター、マグワイヤのスイングスピードは、140km/h ともそれ以上とも言われる。

最後に、「打ち方」を表す k 値を変化させてみた。
非常にうまく打った場合、打球が伸びる様子を示している。ただし、このようなホームランは年に 1,2 本あるかどうかである。
この場合のスイングスピードは、王貞治の 135km/h を採用した。

考察

最後のデータより、王貞治クラスのバッターが非常にうまく打った場合、135m 先で高度 20m 以上の打球を飛ばす可能性があることがわかる。

なお、この条件の時の打球の初速は 251km/h,
終速は 94km/h,
角度は 47°となる。
この打球の最高高度は 37m で、ライナー性の当たりであり、天井に衝突することもない。

参考文献

ロバート・アデア著. ベースボールの物理学. ,1994

(Dec. 1998)

と、結論を示していませんが、代わりにシミュレーションプログラムを提供します。
遊んでみてください。
→HomeRun.lzh

スクリーンショット

このプログラムは、非常に効率よく打った場合の野球の打球をシミュレーションするものです。

* 使い方

ウィンドウ上部にあるパラメータボックスに値を入力してから、[Go!]ボタンをクリックしてください。
各パラメータの意味は次の通りです。

Vb,θb:バットの速度および角度。
レベルスィングの場合、θb=0
Vp,θp:投球の終速および角度。
C :反発係数(通常は変更する必要はありません)。
Cd :抗力係数
k :インパクト前後のバットの速度比

なお、単位は毎時キロメートル(km/h)と度(°)です。

計算結果は、下部の二つのペインに表示されます。
左側のペインには各条件における数値解析結果一覧が表示されます。
左から順に、
時刻(s), X座標(m), Y座標(m), 速度(km/h), 角度(°)
です。
右側のペインには、計算結果を図示したものが表示されます。複数の条件で計算した結果を重ね書きして残しておくことができます。[Clear]ボタンによりすべてのグラフは消去されます。

プリンタのアイコンをクリックすると、計算結果を印刷します。軌道表示はS=1/100で描画されます。A4の用紙をプリンタにセットして印刷してください。

(追記 : Feb. 2004)


e-mail:shig@esprix.net

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